CITIZEN OF THE YEAR 社会に感動を与える人々を応援します。

受賞者一覧

2025年受賞

置田和永さん・起美さん

きめ細かな支援は日本語教育から日々の暮らしまで

(上)自宅近くの空き家を購入して寮として提供し生活用品なども支援
(下)夫妻が栽培して若者たちに届けているミャンマーの野菜「チンパオ」

日本での支援は、和永さんが主に日本語教育を受け持ち、起美さんが現地の送り出し機関と連携して留学や就労を支援。さらに夫妻は、日本に来た若者たちの住まいの世話や、生活に必要な布団や家具などの用意も行うようになりました。中でも住まいについては、自宅近くにある空き家を購入し若者たちの寮として提供するなど手厚く支援し、月に1度は岐阜県内で働く若者たちを訪ね、食べ物を届けながら近況を聞くなどのフォローをしています。中でも、夫妻が栽培しているミャンマーの野菜「チンパオ」は、他では手に入らないため非常に喜ばれています。

また夫妻が訪ねてくれることは若者たちの心の支えにもなっており、「先生は今困っていることはないか必ず聞いてくれ、私も先生には素直に話すことができます」という声が聞かれます。

和永さんの日本語教育は、オンラインでミャンマーにいる若者と結び火曜、水曜、日曜と週3回行っており、木曜には介護の現場で使われる日本語も学ぶことができます。というのも、夫妻が支援している就労先では介護施設が多く、紹介した若者たちの評価が高いことからさらに引き合いがあるためで、「ミャンマーには年長者を大切にする文化があり、親切な対応が介護施設の利用者から大変喜ばれています」と夫妻は笑顔を見せます。

就労支援には夫妻の個人的な人脈も活用しており、介護施設のほか建築、土木、養鶏などの会社とつなぎ、就労場所も京都府や石川県などへ拡大。日本での長期滞在が可能となる介護福祉士の資格取得を目指し、介護施設でバイトとして働きながら大学で介護の専門知識を学んでいる若者も多く、看護師を目指す生徒も出てきています。

(左)日本に学びに来た若者たちに日本語を教える和永さん
(右)年長者を大切にするミャンマーの若者は介護施設で多く働き利用者から喜ばれている

若者たちにとって置田夫妻は心の支えに

こうした献身的ともいえる支援の原動力について和永さんは、「みんな本当に頑張っていて、働いている生徒のほとんどはお給料の大部分を仕送りし、現地の家族を支えています。私はそんなミャンマーの若者たちに惚れ込んでいるんです」と想いを込めます。

起美さんも気持ちは一緒ですと話し、「どの生徒もみんな素直で純粋な気持ちを持っていて、勉強も仕事も一生懸命取り組むので、自然と何かしてあげたい想いが湧いてくるんです。ですから、その子の兄弟や知り合いが日本に来ることになると、住む場所を探さなきゃと勝手に体が動くんです」と笑みがこぼれます。

また若者たちにとって、和永さんのギターで一緒に日本の曲を歌うことも、特別な時間になっています。それは単に歌を楽しむだけでなく、言葉の意味を教えてもらう学びになり、さらに介護施設で働く生徒の支援にもなっています。実際、介護施設で働く生徒は、「先生の歌は施設を利用する高齢の方は誰もが知っていて、一緒に歌うとすごく喜ばれます」と声がはずみます。

夫妻は歌を通して交流しながら日本語の意味や平和の大切さを伝えている

MJBDを末永く続く「日本とミャンマーの架け橋」に

夫妻がこれまで支援した若者は100人以上。希望する日本企業に就職したり、日本で結婚し子どもができた生徒がいるなど、さまざまに実を結んでおり、「将来、あなたたちがミャンマーを平和な国にできるように」という夫妻の励ましの言葉は、皆の希望となっています。

ミャンマーの生徒たちによって維持されている日本語学校MJBDについては、管理をしている生徒たちが日本行きを希望することが多く、業務の引き継ぎが課題となっています。このため起美さんは、「これからは、現地の生徒たちで運営していけるように組織化し、『日本とミャンマーの架け橋』として末永く維持できるようにしたい」と、将来を見据えて取り組んでいます。

この春、置田さん夫妻の自宅近くの寮には、新たにミャンマーから介護に携わる4人の若者がやってきました。夫妻の活動は、そんなミャンマーの若者たちを支援する活動であると同時に、少子高齢化社会の日本を支えてくれている生徒たちの努力を後押しする活動にもなっており、その意義はますます大きくなっていくでしょう。

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