
笹山はすぐに安全責任者の総務部長に電話をし、許可をとった。総務部では、総務部長と中野龍一品質保証部長(現・取締役業務室長)らが状況把握のために現場へ走った。すでに社員4、5人が電車の突っ込んだマンションの下に入り込み救出活動に当たっていた。助け出された人はみな血まみれで、喚き出す人、その場に斃(たお)れこんで動かない人…。あたりは修羅場と化していた。
総務部長は余りの惨状に驚き、社長の齊藤十内に大規模な救援が至急必要だと報告した。齊藤も現場確認に急行、即座に「工場の操業停止。全社員による救援活動開始」を決断する。損益より人間の生命こそ大事だと考えたのだ。すぐに全社員が集められ、留守番を除き全員が救出、救護、搬送の3班に分けられ、現場に向かうことになった。多くが阪神・淡路大震災を体験、緊急時の相互扶助の重要性を認識していた。時計は9時50分を指していた。
建材事業部技術センターの森暁(34歳)が、現場に駆けつけたのは笹山の少しあと。上司から、「電車がマンションに突っ込んだ。すぐ来てくれ」と電話があったのだ。
まず眼に飛び込んできたのは映画のセットのような非現実的光景だった。映画でない証拠は、多くの人が目の前で苦しんでいることだった。森はマンション駐車場にもぐりこんだ2両目に入り、負傷者を運び出すことにした。立体駐車場のピット部分には水が溜まっており、水没した遺体が眼に入った。しかし生きている人が最優先だ。森は胸の中で手を合わせながら重軽傷者を運び出し、脇の道路や空きスペースに横たえていった。