
無戸籍者の幸せをともに考え自らも救われながら伴走を続ける
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シチズン・オブ・ザ・イヤー選考委員長
山根基世さん
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2022年度受賞
市川真由美さん
シチズン・オブ・ザ・イヤー選考委員長の山根基世さんが、2022年度受賞者の市川真由美さんを奈良県奈良市に訪ね、無戸籍者の伴走支援を続ける想いや、その情熱の原点などについて語り合いました。そこからは、無戸籍者に自らの経験を重ねる心の声も伝わってきました。
運命的なものを感じた無戸籍の従業員との出会い
- 山根
- 市川さんは、経営されている会社の従業員の女性が無戸籍だったことを知り、ご本人の希望を受けて戸籍取得を支援されたとお聞きしました。最初に戸籍がないと知っていたら、雇用されなかったかもしれませんか。
- 市川
- 私はみんなが一緒に楽しく過ごせたらいいなという想いで、ずっとこの会社をやってきました。ですから、入社してくれるのはうれしいし、そのとき無戸籍だと知ったら、本人にどうしたいか聞いて、「それはなんとかせなあかんね」と、同じことをしたと思います。
- 山根
- みんなが一緒に楽しくと言うのは、ご家族も含めてのことですか。
- 市川
- そうですね。私たちには息子と娘がいて、娘が生まれるとき私に初期のがんが見つかり、9年後に再発したんです。そのとき子どもはまだ二人とも学校に行っているし、夫も体を壊していたんです。それで、自分に何かあっても、夫が元気を取り戻せば子どもたちのために働けるよう会社を作りました。
- 山根
- そんな周りのみんなのために作った会社で、戸籍のない従業員が見つかり、手助けをするようになった。何か運命的なものを感じますね。
- 市川
- あの子は私と出会うためにこの会社に入社したような気がします。そして、それは私にも言えるのかもしれません。あの子が戸籍を取得するのを夫が一緒に手伝ううち、次第に元気を取り戻したのです。人のために尽くすことは、自分たちのためにもなるのだと肌で感じました。
- 無戸籍の人たちが
夢や目標が持てるよう
ともに生きていきたい - 市川真由美さん

助けを求める無戸籍者に重なる幼い日の自分
- 山根
- 市川さんが、戸籍を取りたいという人々の願いを叶えたい情熱の原点には、ご自身のどんな想いや経験が関係しているのでしょうか。
- 市川
- 無戸籍者の人たちが「助けてほしい」という声を発している姿には、自分の小さいころの記憶と重なるところがあります。なので、今の辛い状況を何とかしてほしいという叫びが伝わってくると、どうしても放っておけなくなるんでしょうね。
- 山根
- 誰かに助けを求めた経験が、市川さんご自身にもあったのですね。
- 市川
- 幼い頃、両親が離婚して、私は母親に引き取られたのですが、心のよりどころをなくした母親は、事あるごとに私に辛く当たったのです。それは、幼い子どもが経験するにはあまりにも過酷な日々で、誰かに助けてほしいといつも心に願っていました。
- 山根
- そうだったのですね・・。でも、それだけの経験があると、性格的にゆがんだり、道を踏み外したりする人もいるのに、市川さんは違いました。助けてほしいという声は、誰かに届いたのですか。
- 市川
- 届きませんでした。だからこそ、自分は誰かの助けてほしいという声を「聞ける人」になりたいと思ったのかもしれません。

戸籍の取得後もその人の幸せをともに考える
- 山根
- 戸籍を取得するというのは、実際に体験してみると、想像を超えて時間や労力、交渉力が必要だそうですね。そもそも、一から戸籍を作るといっても、何から手を付けていいのか普通はわかりませんよね。
- 市川
- そう思われるでしょう。ですから、無戸籍の人が一人で取得しようと思っても無理なんです。それなら、取得の手続きを経験したことのある自分がお手伝いした方がいいと思ったのです。それで「そうした活動をしようと思うのだけれど、いい?」って夫に聞いたら、「僕がダメと言ってもあなたはやるでしょう」と言われました(笑)。
- 山根
- でも、従業員の方の戸籍を取得するのに1年8カ月かかったそうですね。私なら、こんな大変なことはとても続けられないと思うような気がします。それなのに市川さんは戸籍を取得するお手伝いだけでなく、一人一人にとって何が幸せなのかを一緒に考え行動されています。
- 市川
- 戸籍は取得できたら終わりではなく、そこから人生のさまざまな闘いが始まるんです。私は、無戸籍の人と出会ったときがその人の生まれた日だと思い、1年経ったら1歳、2年経ったら2歳だと思って、その人が困らないよう、どうすればいいのか一緒に考えています。
- 山根
- 戸籍を取得したあとの問題には、具体的にどんなことがあるのですか。
- 市川
- それぞれ異なりますが、まず、国民健康保険や国民年金、県民税や市民税の支払いなどお金の問題が発生します。それから大変なのが教育の問題です。戸籍がないことで親が義務教育を受けられないと思ってしまい、30歳を過ぎて文字が書けない人もいます。戸籍や住民票を取得した後にも夢や目標を持てるようになってもらうためのお手伝いもしています。
- 山根
- 戸籍が取れただけでは、その人の人生を取り戻すことにはならないのですね。