
入院から9カ月、治療を終えて退院した樋口さんは新たな困難に直面した。抗がん剤治療の後遺症で激しく手足がしびれはじめ、間もなく全身の皮膚の感覚が失われていったのだ。触っても感覚がないからものが持てない。地面に足をつけている感覚がないから歩くことすらできなかった。
妻の加代子さんは、家事によるリハビリを提案した。はじめは食器を洗うにも茶碗を落とし皿をひっくり返す毎日だったが3カ月ほど経つと要領を得てものが掴めるようになり、スプーンで食事ができるようになった。家事によるリハビリは、洗濯物を畳むことから風呂掃除と高度になり、そのぶん体の機能が高まった。家族だからこそ提案できたリハビリだった。
現在、リハビリの中心は新たな家族となったトイプードルの「のぞみくん」だ。毎日樋口さんを散歩に連れ出し、歩くことによる体のリハビリと、外に出て生きる喜びを味わう心のリハビリの、両方を支えてくれている。