厚生労働省の推計によると、2025年に約471万人、2040年には65歳以上の3人に1人にあたる584万人が認知症になると見込まれている。しかし、認知症は高齢者だけのものではない。誰もがなり得る身近な生活障害でありながら、「何も分からなくなる」「何もできなくなる」という偏見や誤解が根強く残っている。
こうした社会を変えようと、各地で発信を始めた本人たちが、連絡を取り合い、話し合いを積み重ねて、2014年に設立したのが「日本認知症本人ワーキンググループ(JDWG)」だ。認知症の本人が主体となり、仲間やケア関係者、自治体、企業など多くのパートナーとともに、認知症になってからも希望と尊厳をもって自分らしく暮らせる社会の実現に向けて全国各地で活動を続けている。
立ち上げ時の共同代表の一人であり、現法人の代表理事である藤田和子さん(63歳)は、45歳の時に若年性アルツハイマー病と診断された。看護師としての経験から、自分の記憶の異常にいち早く気付き、受診したことで早期発見につながったものの、認知症に対する地域や専門職の人々の理解は乏しく、声をかけても避けられたり、じろじろ見られるなどの偏見により、一人の人格をもつ人として扱われない現実に深く傷ついたという。認知症になっても生活の工夫や周囲のサポートによって自分らしく暮らすことができる。そのためにも記憶の異変による受診をためらわず、認知症になったことを周囲に伝えられる社会の必要性を強く感じた。地元の鳥取で当事者として声を上げる活動を始め、同じ思いを胸に全国各地で活動する仲間たちとつながった。
主な取り組みは、本人視点からの政策提言や、国や自治体から任命される「希望大使」として認知症への関心と理解を深めるための普及・啓発活動のほか、全国各地の会員が自治体や事業者団体などと協力し、講演会やメディア出演を通じて当事者としての声を発信している。また、診断直後の本人やその家族に先輩として自身の経験を共有し、生活の工夫や前向きに生きる姿を伝える「ピアサポート活動」や、本人同士が自らの体験をもとに、暮らしやすい地域について意見交換を行い、地域づくりにつなげる「本人ミーティング」に協力し、それぞれの地元でも実施している。さらに近年は、企業の製品・サービスの開発プロセスに参画する共創活動にも取り組んでいる。活動の目的を軸に、本人たちが自発的にやりたいことや必要なものを生み出し、地域の行政や仲間たちと協力しながらその街に合ったやり方で活動を進めている。
そんなJDWGの大きな功績の一つが「認知症とともに生きる希望宣言」だ。この宣言は、認知症になっても希望を持って生きるための自発的な意思を示したもので、全国各地の本人会員が声を寄せ、話し合いを重ねて作り上げた。2018年に厚生労働省で記者会見を開いて発表したこの宣言は、2024年に施行された「共生社会の実現を推進するための認知症基本法」にも反映された。この法律は、基本的人権を理念の筆頭に掲げ、「共生」の視点を重視した内容となり、認知症であってもそうでなくても、尊厳をもって暮らせる社会の基盤が整えられつつある。
当事者自らが声を上げ、前向きに生きる姿を示し続けてきたことで、社会全体の認知症観が少しずつ変わり始めている。どこで暮らしていても、誰もが安心して自分らしく暮らせる社会を目指し、JDWGはこれからも希望をつなぐ活動を広げていく。
受賞コメント
認知症になってからも希望と尊厳をもって暮らせる社会をめざして、賛同する仲間たちとともに、活動を積み上げながら10年が過ぎました。ひと足先に認知症になった私たちだからこそ、社会のため、次に続く人たちのためにできることがあります。このたびの受賞にとても感謝し、新たに進む勇気が湧いてきました。年齢に関わらず、認知症になってからも、心豊かに自分の人生を生きる人が一人でも増え、よりよい社会をともに創っていこうという「人の輪」が広がるよう、これからも「希望のリレー」を広げる活動にチャレンジしていきます。