CITIZEN OF THE YEAR 社会に感動を与える人々を応援します。

受賞者一覧

2022年度受賞

市川 真由美さん

「自分は困っている人を放っておけない性分」と笑顔を見せる

無戸籍者の意思を尊重し最善の道を模索

相談は行政からも寄せられるようになり、沖縄のある自治体から寄せられたのは、出生届の提出をためらっている母子家庭の母親に関する相談だった。

市川さんはその母親と連絡を取り詳しく話を聞いた。この母親は出生届を出すことで生活保護の給付を止められるのを恐れていた。実際には出生届を出すことと手当てが打ち切られることは別の問題だが、まずはオンラインで連絡を取り合い、子どもの様子や健康状態なども聞きながら少しずつ信頼関係を築いていった。

そうしたやり取りを半年ほど続け、信頼し合える関係ができたころ「手当てが打ち切られることもないし、子どものためにもそろそろ出生届を出したほうがいいよ」と促すと、母親も出生届を出すことに同意したという。市川さんの戸籍取得支援は、このように相手の意思を尊重したうえで、信頼関係を築いてともに最善の道を模索していくのである。

無戸籍者だけで役所や裁判所の手続きは難しく支援のため全国を飛び回る

前例の壁を乗り越える粘りが道を開く

また、無戸籍の問題に当事者とともに取り組むうえで、最も心血を注ぐのが役所や前例の壁を乗り越える粘り強い交渉である。その根幹には、無戸籍者を守ることを想定した法律やしっかりした行政の手続きが十分でないことがある。しかし、市川さんはそれに屈することなく解決法を模索し続けるのだ。

役所に何度も足を運び、繰り返し交渉を重ねることで、人間関係も築かれていくと言う市川さん。行政の側から「自分たちはここまでしかできないが、こうした方法も考えられる。家庭裁判所に問い合わせてみよう」といった提案が出てくることがあると言い、「そんなときは、一緒に難題を乗り越えていく同志のような感情も芽生えます」と話す。

もちろん、すべての役所についていえることではなく、市川さんが粘り強く交渉しなければならないケースのほうがまだまだ多い。それでも、無戸籍者のため対応してくれた自治体のなかには、役所内に専門の部署や担当者を置いたり、定期的に研修を行ったりするようになったところもある。「そんなときは一緒に取り組んでよかったと思います。最終的には、私が出ていかなくても済むのがいちばんいい訳ですから」。そんな市川さんは、講演やシンポジウムの依頼にも応え、自分の関わった無戸籍者の状況や戸籍取得の活動について話すことで無戸籍について社会の理解を広げるための活動も行っている。

(左)「写真」はその人が生きてきた証であり戸籍取得に大きく役立つ
(右)一般から中学生などまで、啓発活動の講演やセミナーを積極的に行っている

その人にとっての幸せを一緒に考えていきたい

無戸籍者の支援活動は自分自身が救われる活動でもあると話す

そんな市川さんには、自らの幼少期に「助けて!」という声が届かなかった辛い経験があるという。「助けてほしいという声が届かない辛い経験を、誰にもしてほしくない。それだけに、無戸籍の人たちを伴走支援するなかで、願いが叶い一緒に救われた気持ちになれたときは、自分の幼いときの辛い場面を乗り越えたような気がするのです。無戸籍の人たちを支援する活動は、私自身が救われる活動でもあるのです」と話す。

市川さんは、「戸籍を取得することはゴールではなく、そこが新たなスタートラインなのです」と言う。戸籍や住民票を取得すると国民年金や健康保険料を支払わねばならず、納税の義務も生じる。なかには、義務教育を受けたことがなく、これまで働いたことがない人もおり、そのための支援にも市川さんは全力で臨む。

これまでの伴走支援により、7人が戸籍を、13人が住民票を、1人が国籍を取得し、現在も毎日3~5件の相談が寄せられ、常に複数の支援活動が進行している。

「幸せは人それぞれに異なり、その人にとって何が幸せなのかを一緒に考えていきたい」と言う市川さん。自分は困っている人がいたら放っておくことができない性分だと笑顔を見せながら、「これからも、無戸籍者の手となり、足となり、目となり、耳となって、一緒に目の前の壁を乗り越えていく伴走者であり続けたい」と、前を見つめている。

これからも、ともに生きていく伴走者として市川さんの活動は続く
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