パンが焼きあがった。外側はこんがり、中はしっとり柔らかだ。小麦のいい香りが漂う。
総子さんがその場で包装し、手書きのレターを添えて注文主に発送する。テレビや新聞で夫妻のことを知り、癌の夫を支える妻、心を病む娘を見守る家族などが「天使のパン」から力を得たいと注文してくる。余命宣告された人やお年寄りなどもいて、多少順番を前後させるが、今だと7年半先まで待ってもらうことになるという。
そう書くと超繁盛店のようだが、儲かっているわけではない。パン作りではとても生計を立てられないので、家計は、総子さんがイベントの司会などをして支えている。ここでも二人三脚が続いている。
いま多以良さんの夢は、来年夏ロンドンで開かれるパラリンピックで、自転車のタイムトライアル・レースに出場すること。そのため体調がよいときに、室内でローラーを使って練習している。
だが、室内では風を感じない。「風を感じながら走りたいんです」と多以良さん。きっと頬を掠め流れ去る風の先にパラリンピック出場があり、多くの人がまた、そのことによって元気づけられるに違いない。