特別対談

身近に馬がいて誰もが楽しめるコミュニティを目指して/シチズン・オブ・ザ・イヤー選考委員長の山根基世さんが、2017年度受賞者の角居勝彦さんを滋賀県栗東市の厩舎に訪ね、引退馬のセカンドキャリア支援に取り組む想いや、馬の持つ素晴らしい能力などについて伺いました。そこからは馬に対する深い愛情が伝わってきました。
  • 対談 前編
  • 対談 後編
  • 対談を終えて

毎日世話をする中でどんどん好きになって

馬と触れ合ったときの皆さんの笑顔に元気をもらっています/角居 勝彦さん
山根
競馬界のトップトレーナーである角居さんが、速く走ることだけを求められる競走馬の価値観を覆し、引退した後もさまざまな分野で活躍できる場を広げようとしていることに感動しました。その原点は、牧場で働き始めたころにあるそうですね。
角居
牧場に就職したのは、特に馬が好きでということではなく、実は親から逃げるために選んだのがたまたま牧場だったんです(笑)。それで牧場に来てみると、500キロもある大きな動物と共に生活するのは初めての経験ですから、毎日が驚きの連続でした。そうした中で、自分が世話をしていた仔馬が、足を骨折しただけで殺処分になる現実に直面し、非常にショックを受けたのです。
山根
サラブレッドは、仔馬のころから悲しい運命を背負っているのですね。
角居
速く走ることだけが存在理由の動物だと改めて知るようになって、そのはかなさがサラブレッドをより輝かせている気がしました。そして、毎日世話をする中で、どんどん可愛くなっていく馬のために、自分にもっとできることはないのかという想いが強くなっていきました。その想いは調教師になってからもずっとあって、引退後に行方不明や殺処分になる競走馬を救いたいという想いが募っていったのです。
山根
すべての馬がレースで勝てるわけではありませんものね。
角居
速く走れないという能力の壁もありますが、自分の調教が失敗することもあります。レースの日に体調が整わなかったり、直前にケガをして勝つチャンスを失って、次のステージにつなげてあげられなかった馬に対する申し訳ない気持ちもありました。

海外経験で磨かれた国際感覚や人間力

つねに真摯に自分を見つめて頑張る姿に感動しました/山根 基世さん/NHKアナウンサーとして数多くの番組を担当。NHK初の女性アナウンス室長に就任。NHK退職後、子どもの言葉を育てる活動に取り組んでいる
山根
角居さんはそうした引退馬に光を当て、その命を守り、幸せに暮らせる仕組みづくりに取り組んでいらっしゃる。馬を救いたいという想いを、どのように具体化させていったのですか。
角居
レースで勝てなかった馬を救う方法を模索するうちに、「ホースセラピー」という、馬が人の心を癒やすことができることを知ったのが始まりです。そこで、スタッフを一人雇い、馬を活用している事例を調べるため全国を回ってもらったのです。
山根
ホースセラピーや乗馬クラブなどで馬と触れ合った方には、どんな変化や効果が期待できるのでしょうか。
角居
人とのコミュニケーションが苦手になっている方は、家庭や学校や職場で自分の心の叫びを聞いてもらえないと思っている方が多いのではないでしょうか。馬という動物は人の感情を素直に受けとめ、心配して近寄ってきて顔を寄せたりするので、そんな方が馬と触れ合うと、自分の感情が素直に伝わる感じがするんだと思います。素直と素直が向き合えば、コミュニケーションは自然に取れますから、人との関係性を取り戻すきっかけになるのでしょうね。
画像:活動の原点となった北海道の牧場。ここから競走馬と歩む人生が始まりました
山根
私も今日初めて厩舎に来て馬と触れ合いましたが、手触りはいいし温かいし、寄り添っているだけで気持ちが優しくなれる気がしました。
角居
人と人との接点の中でどこか心が疲れてしまった人は、500キロもある大きな馬が自分の歩いた後ろをついて歩いてきてくれるだけで、とても親しくなれる気がするんだと思います。それが乗って歩けるようになり、自分の思うように動いてくれるようになれば、気持ちの高揚感もあるんですね。