特別対談

障害も言葉の壁も乗り越えて人々の懸け橋となる/シチズン・オブ・ザ・イヤー選考委員長の山根基世さんが、2016年度受賞者の堀内佳美さんを迎え、現在のご自身につながる幼い頃の両親との記憶や、留学体験などで育まれた国際貢献への想いなどをお聞きしました。この対談から、人の役に立ちたいという堀内さんの原点が伝わってきました。
  • 対談 前編
  • 対談 後編
  • 対談を終えて

家族だからこそ厳しかった言葉

私にとって本はいつも支えてくれる友達のような存在なんです/堀内 佳美さん
山根
堀内さんは子どもの頃、どんなご家庭で育ったのですか。
堀内
祖父母や両親、兄弟など7人家族でにぎやかでした。父が農業をして、母が会社勤めをしていたので、私たちの面倒は祖父母がよく見てくれていましたね。近所に同じ年頃の子どもがあまりいなかったので、家で母や祖父に本を読み聞かせしてもらうことが多かったんだと思います。
山根
お母さんだけでなく、おじいちゃんにも本を読んでもらったのは、とても貴重な体験ですね。
堀内
本を読んで一緒に過ごした思い出は、自分の中にずっと残っていますね。無理を言って祖父に本を読んでもらったことも、病気のときに母が本を読んでくれたことも、自分の思い出の引き出しにずっとしまわれています。本というのは、子どもが家族と時間を共有するときの懸け橋になってくれるものだと思います。
山根
そんなふうに堀内さんを育てた、お父さんお母さんの教育方針ってどんなだったのかしら。
つねに真摯に自分を見つめて頑張る姿に感動しました/山根 基世さん/NHKアナウンサーとして数多くの番組を担当。NHK初の女性アナウンス室長に就任。NHK退職後、子どもの言葉を育てる活動に取り組んでいる
堀内
自分のことは自分でできるようになりなさい、あなたは目が見えないから人の3倍は努力しないといけない。とにかく、人に迷惑をかけないようにしなさいと言われていました。
山根
ご家族は、あなたがしっかり自立できるようにと、厳しいことも言われたのですね。
堀内
小さい頃、目が見えないのでよく無意識に手を振ったり目を押したりすることがあったのですが、食事の仕方も含めて、きつく注意されました。でも、家族だからこそそうした厳しいことも言ってくれたんだと思っています。
山根
ご家族は、将来のことをしっかり考えて、深い愛情で育ててくれたんですね。
堀内
今、タイで活動しながら、視覚障害の子どもを持つお母さんに会う機会もあるのですが、子どもの将来のために、時には厳しいことも言わなければいけないという話をしています。私自身、両親にそのように育ててもらって感謝していますから。

海外経験で磨かれた国際感覚や人間力

画像:小中学校時代の堀内さんは、まさに「本の虫」だった
山根
そうして大事に育てたご両親ですから、高校生のあなたが留学したいと言ったときは随分心配されたんじゃないですか。
堀内
高校は高知を出て東京の筑波大学附属の特別支援学校に進学したのですが、入学してみると今まで周りにいなかった大学を目指す生徒や留学経験のある生徒がいて、ものすごく刺激を受けたんです。私もどうしても留学したくなり、高知に戻り両親の前に正座して頼み込みました。
山根
アメリカでの一人暮らしは不自由ではありませんでしたか。
堀内
アメリカでは自分から要求しないと何も伝わりませんから、まず、自己主張することを覚えました。日本人と一切話すこともなく英語を勉強する生活を10カ月続け、英語を日常のコミュニケーションツールとして身につけました。
山根
海外で生活するうえでの、生きる力も身につけたのではないでしょうか。その後、大学時代にタイに留学を経験して、卒業後は日本で就職したのを2年で辞めて、今度はインドの学校に入りました。
堀内
タイに留学したときに、タイの人や子どもたちが読書の楽しみをほとんど知らないことを知って、何とかしたいと思ったんです。それで、チベットに初めて盲学校を創設したサブリエ・テンバーケンというドイツ人の全盲の女性が、視覚障害者などが社会事業家となるための養成学校をインドにつくるとお聞きして申し込んだのです。
山根
アメリカやタイでの留学経験を通じて、国際貢献をしたい、人の役に立ちたいという想いが強くなっていたのですね。インドの学校で学んでみていかがでしたか。
画像:読み聞かせで物語の世界に子どもたちを引き込む堀内さん
堀内
集まった人たちの国籍もさまざまで、一緒に勉強しながら人それぞれ道徳観も価値観も異なっていることを実感したのが大きかったですね。言いたいこともはっきり言いあうのでときにけんかもしますが、本当に家族みたいで非常に濃い1年でした。人と話すとき、まず心を開くことから始め、相手がどんなコミュニケーションを取りたがっていて、何を伝えようとしているのか感じ取るのが大事だと学びました。
山根
ここで学んだことが、堀内さんの人間関係の築き方に大きな影響を与えたんですね。多様な考えを持つ人がいることを認めることで、ご自身の精神も自由になったでしょうし、相手にとっても堀内さんはお付き合いして楽しい人になったんじゃないでしょうか。