特別対談

誰もがこころに育てたい信念をつらぬく勇気と人間愛/シチズン・オブ・ザ・イヤー選考委員長 山根基世さん & 2014年度受賞者 阪井ひとみさん/シチズン・オブ・ザ・イヤー選考委員長の山根基世さんが、2014年度受賞者の阪井ひとみさんを迎え、活動を続けてこられた原動力や誰もが心を開いて慕う人間力の原点などをお聞きしました。そこからは、幼いころからの地域とのふれあいや、ご家族との絆の深さが伝わってきました。
  • 対談 前編
  • 対談 後編
  • 対談を終えて

自然に身に付いた差別や偏見のない心

どんな人も生かされるために生まれてきたんだと私は思うんです/阪井 ひとみさん
山根
入居支援の活動を始めたとき、精神障害の方に対する差別や偏見は想像以上だったそうですね。阪井さんが、精神障害の方やホームレスの方にそうした先入観なく接することができるのはどうしてでしょう。
阪井
子どものころ、知的障害がある方が地域の一員として普通に生活していて、自然に交流があったからじゃないかと思います。日中、神社で過ごすので「天神さん」と呼ばれていたおじさんがいて、祖母が煮物などを作ったときなどに、一人分を小鉢に入れてよく届けたものです。おじさんも小鉢を返すときに、野菜を入れてくれたりしました。
山根
感謝の気持ちを野菜に込めて、器を返してくださったのね。昔は、そんな風に皆で支え合っていました。
阪井
おじさんも近所で草刈りなどがあると手伝いに来て、本当に地域の一員でした。私も学校で描いた絵や、いい点数を取ったときの答案用紙をおじさんに見せたりしていたんですよ。
山根
だから自然体で接することができるんですね。阪井さんの家庭はどんな教育方針だったのでしょう。
大切なのはやはり人間力本音で向き合えば相手も心を開きます/山根 基世さん/NHKアナウンサーとして数多くの番組を担当。NHK初の女性アナウンス室長に就任。NHK退職後、子どもの言葉を育てる活動に取り組んでいる
阪井
ほったらかしでした(笑)。ただ、裕福ではなかったので、両親が一生懸命働いている姿はいつも見ていました。母は「働くことが家族を助けることなんだ」という人でしたし、父も早くに自分の父親を亡くし、若いときから働いてきた人なんです。
山根
阪井さんが講演のなかで働くことの大切さをお話しになるのは、ご両親の姿に重ね合わせてのものなのでしょうか。
阪井
そうですね。父は土木の仕事をしていて、原爆投下後の広島の復興にも参加しています。高校も、家のことを考え1カ月くらいでやめて働き出したそうです。
山根
そんなお父さまから、阪井さんが感じられたり学ばれたのは、どんなことでしょうか。
阪井
父がよく言っていたのは、「50歳になったら人にかえせ」ということ。それから、「人に何かしてあげても、見返りは考えるな」ということです。私は50歳より早く活動を始めましたが。

罪を犯した若い世代に働く価値を伝える

画像:精神障害の人など約50人が入居する「サクラソウ」
山根
阪井さんは、刑務所や施設から出所した若い人たちの面倒もみていらっしゃいます。
そうした人たちとしっかり向き合って、ご自分の管理する物件の草抜きをしてもらっているそうですね。
阪井
草抜きってとても頭を使う仕事なんです。それで、私の説明を適当に聞いてササッと草を刈った子のところはまたすぐに生えてきちゃう。でも、根っこから抜いて土もきれいに落とした子のところは、しばらく草は生えてきません。結局、いい加減に済ませたところは結果もそれなりで、人生も同じなんだと分かってほしいのです。
山根
汗水流して働くことの価値や喜びを知らない子が増えているんですね。阪井さんはそれから、ホームレスの方を支援するため、ひと月1万円で部屋をお貸しになっています。
阪井
彼らは生活保護を受けず、空き缶を集めてひと月5万円くらい稼ぐんです。それで、1日1000円の生活だと月に3万円かかって、残りの2万円のうち水道光熱費を考えると家賃1万円なら何とかやっていける。それで、「ほんまに家いらんの?」って聞いたんです。そうしたら「そんなわけなかろうが。俺も凍死したくないわ」と。それで部屋を探したら、5年くらい空き家になっている下宿屋があって、大家のおばあちゃんに「ホームレスを支援するので貸してください」と言ったら、案の定、断られました(笑)
山根
阪井さんにとって、ホームレスの方が困っているのも人ごとじゃないんですね。
阪井
だって命ですから。どんな人も生かされるために生まれてきたんだと私は思うのです。
画像:「サクラソウ」の敷地内にある「Cafeノア」
山根
それで、断られても通い続けて、最後は大家さんと仲良しになって貸してもらうのですね。
阪井
「また来ました!」って、もう友達ですよね。それで、昔はみんな暮らしが大変だったねえなんて話をすると、おばあちゃんもだんだん自分の思いを話してくれるじゃないですか。
山根
阪井さんの人間力ってそういうところなんですよね。今の若い人って世間話をしながら人間関係を作ったりできないんです。大家さんも、阪井さんが18部屋を一括で借りてくれるならと承諾された。しかも、全部屋に給湯器とエアコンをつけたそうですね。
阪井
一緒に活動している弁護士の先生に頼んで、そのアパートの壁に「遺言や相続の相談受けます」という看板を出してもらい、その広告料でローンを組んだのです。