特別対談

共感し、つながり合えることが社会を変える大きな力に/シチズン・オブ・ザ・イヤー選考委員長の山根基世さんが、2018年度の受賞者、全国不登校新聞社の奥地圭子代表理事と石井志昂(しこう)編集長をお迎えし、不登校新聞発行に込める想いやこれまで果たしてきた役割の大きさ、存在意義などについて伺いました。
  • 対談 前編
  • 対談 後編
  • 対談を終えて

子どもの声に気づき
不登校への考えが一変

山根
奥地さんは学校の先生でいらして、お子さんの不登校を経験されました。そのときはどんな想いでしたか。
奥地
最初は、学校に行こうとするとお腹や頭が痛くなったんですね。当時は、子どもは学校にいくものだと私も思っていましたし、何とか行かせているうちに拒食症になってしまったのです。
山根
体の症状として拒絶しはじめたんですね。
一人一人が個性にあったところで学び育つのが大事/奥地 圭子さん
奥地
でも、当時は何が起こっているのか私自身わからなくて、自分の育て方が悪かったのかと悩むと同時に、教師なのに恥ずかしいという思いもあり、行ける日は学校に行かせていました。それが2年くらい続いたころ、子どもの登校拒否に取り組まれている児童精神科医の渡辺位(たかし)先生を知ったのです。
山根
それでお子さんを連れて行かれたのですね。
奥地
先生に「お母さんは、そこで聞いていてください」と言われ、息子と二人で2時間も話し込んでくださいました。話の途中で先生が、息子が話すこれまでの辛い体験やそのとき思ったことに共感されると、息子の表情がパッと明るくなったんです。
山根
お子さんは先生と話しながら、何かに気づいたのですね。
奥地
帰る途中、息子が「お母さん、羽が生えたようないい気持ちになった。こんな気持ち何年ぶりだろう。お腹が空いた!おにぎりが食べたい!」って言って。大急ぎで家に帰って、私もうれしくて二皿も作ってしまったのですが、うまいうまいと全部平らげたんです。
山根
すごい!
不登校新聞は文学として残るようなすばらしい記録です/山根 基世さん/NHKアナウンサーとして数多くの番組を担当。NHK初の女性アナウンス室長に就任。NHK退職後、子どもの言葉を育てる活動に取り組んでいる
奥地
そのとき息子が、「お母さん、僕は僕でよかったんだね。先生に会ってそう思った」と言ったんです。その言葉に私はハッとしました。子どもの立場で考えていなかったことに気づいたのです。そして、もう学校にこだわらなくていいんじゃないかと考えるようになってから、家の中の空気もがらりと変わりました。それが私の原点なんです。
山根
そうなんですね。石井さんも奥地さんの息子さんに共感するところもあると思いますが、ご自身が不登校になるまでにはどんな葛藤があったのですか。
石井
僕の場合、中学受験の失敗から始まり、そこに理不尽な校則やいじめなどが重なって、自分でも説明がつかない精神状態になったんです。それでも、自分の中では学校に行きたくないとは自覚していなかったんです。そのうち、学校に行こうとすると階段がグニャッと曲がって見えたり、踏切の警報器が鳴り出すと呼ばれているような気がしたりして。
山根
心の中に渦巻いているものが、症状になって出てきたんですね。
石井
そんなとき、母親から「明日、学校どうする?」と聞かれたんです。「行けない」って答えた瞬間、涙がドーッと出てきて。母親は驚いたものの「わかった」と言って、2週間休みますとすぐに学校に連絡してくれたんです。
山根
石井さんはお母さんの判断に救われたのですね。

共感できるところが不登校新聞の大きな意義

山根
その後、奥地さんは不登校の子どもを持つ親の会やフリースクールを作って長くこの問題に取り組まれてきました。最初はどんな想いで始められたのでしょうか。
奥地
「登校拒否を考える」という親の会に、不登校の子どもたちもついて来るようになったのです。すると、子どもたちから、学校には行きたくないけれど、スポーツはしたいとか音楽をやりたいとか、友だちと一緒に遊びたいといった声が聞こえてきました。それで「そうか、学校以外に居場所があったら、この子たちは生き生きと育つんじゃないか」と気づいて、フリースクールを始めようと考えたのです。そして、1985年にフリースクールを開設しました。
子どもたちが自分らしく生きられる情報を発信したい/石井 志昂さん
山根
それから10年以上にわたりこの問題に取り組まれて、不登校新聞の創刊は1998年ですね。そのときはどんな想いでしたか。
奥地
その頃、家庭内暴力に悩んだ家庭で悲惨な事件があったのですが、一般紙は全部大人の視点に立った記事ばかりでした。でも、私たちは追い詰められていた子どもの視点で創刊号の一面にその記事を載せたのです。
山根
当事者視点という原点は、創刊号から始まっていたのですね。石井さんは2006年から編集長という立場にあるわけですが、ご自身では不登校新聞をどのように捉えていますか。
石井
新聞は読者に対して新しいことや知らないことを伝えるのが役目です。でも、不登校新聞は皆さんが共感できることがいちばん大切なのです。読者の方からも「うちと同じです」といった共感の声をたくさんいただきますが、そのことで気持ちの整理がついたり、勇気が湧く手助けになれたりするところに、私たちの新聞の存在意義があると思っています。
ページの先頭に戻る