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濱田 龍郎さん
全国の被災地で10万杯以上のラーメンを提供し、障がい者の就労も支援
濱田 龍郎さん

濱田 龍郎(はまだ たつろう)さん/1944(昭和19)年生まれ
熊本県在住

  • 2018年度受賞
  • 社会貢献

受賞概要

全国の被災地に仲間と駆けつけ、10万杯を超えるラーメンを無償で振る舞う

熊本県益城町で、NPO法人「ボランティア仲間 九州ラーメン党」を立ち上げ、障がい者の就労支援を目的とする障がい者施設やラーメン店を運営する濱田龍郎さん(74歳)は、30年にわたって全国の障がい者施設や被災地をまわり、手作りのラーメンを無料で振る舞っている。

濱田さんの活動はもともと、障がい者施設を利用する障がい者にラーメンを振る舞う「ラーメンボランティア」に始まった。

きっかけは1989年、濱田さんが経営していたラーメン店の近くにできた知的障がい者施設に出前したときのこと。障がいを持つ少年が大声をあげて突進してきた。ラーメンをこぼすまい、と後ずさりする濱田さんに少年は手を出し、岡持ちを握った。濱田さんをただ手伝いたいという素直な気持ちでの行動だったのだ。

少年の姿に心を打たれ、偏見を恥じた濱田さんはこの出来事を機に、障がい者や高齢者の施設を訪れ、ラーメンを振る舞うボランティアをスタートさせた。

1991年、長崎県の雲仙普賢岳が噴火。直後、濱田さんはワゴン車にラーメンを調理する道具や食材を積み、被災した雲仙の障がい者施設を訪れ、ラーメンを振る舞う。このときの被災地支援が、翌1992年12月に総勢20人で設立した「九州ラーメン党」の原点となった。

「九州ラーメン党」としての被災地支援活動は、1995年1月の阪神淡路大震災が最初だ。濱田さんら党のメンバーはマイクロバスに乗り込み、鍋やコンロなどの調理器具やラーメンの食材を乗せて現地に向かった。このときは3日間で、ラーメン1,000杯を振る舞った。厳寒の被災地で、できたての温かいラーメンを口にした被災者は、皆うれしそうな顔を見せてくれたと濱田さんは振り返る。

その後も、不知火高潮災害、三宅島噴火、東日本大震災、九州北部豪雨をはじめとする多くの被災地に党のメンバー数名で駆け付け、支援を続けた。そして2016年4月に発生した熊本地震のときは、濱田さんの自宅も半壊するなど被害にあったが、被災地支援の活動は休めることなく続けた。

「九州ラーメン党」は、1999年4月、熊本県認証第一号NPO法人となる。設立時からの二本柱である@災害救援活動(=ラーメンの炊き出し)、A障がい者支援は、今も変わることがない。障がい者の就労支援の一環として、2017年7月には、「九州ラーメン党」直営ラーメン店も益城町にオープンした。

1989年、地元・益城町の障がい者にラーメンを振る舞って以来、濱田さんは約650カ所の被災地や障がい者施設に赴き無料でラーメンを提供して来た。その数10万杯超。これからも濱田さんら「九州ラーメン党」の活動は続く。

鍋やコンロ、食材などを被災地に運び仲間とラーメンを振る舞う

障がい者の新たな就労支援として「九州ラーメン党」店舗が2017年にオープン

障がい者の就労を支援するため設立した「そよかぜ福祉作業所」

被災地の人々の心も体も温めてきた濱田さんのラーメン

受賞理由

30年の長きにわたり活動を続け、人々の心を温め、障がい者の就労支援にも尽力

被災地での苦しい生活の中、一杯のラーメンはどれほど被災者の心と体を温めてくれるだろう。そのことに感動する。途中自らも被災しながら30年という長きにわたり活動を続けられていることは並大抵のことではない。併せて障がい者作業所を運営し、就労支援の活動もされており、濱田さんの「人の心を温めたい」という想いが伝わってくる。

受賞コメント

選んでいただき、心より感謝申し上げます。私の回りには、多くの仲間たちがいます。「心を寄せ合い、共に行動する地域の仲間たち」「運営する日本一小さな福祉施設の、障がいを持つ仲間たち」。そして、「支えてくれる家族」。彼らと共に、受賞の喜びを分かち合いたいと思います。そして、今後もラーメンを通した支援を続けてまいります。ありがとうございました。

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