
東日本大震災が発生した直後の福島県相馬郡新地町にあるシチズン東北相馬事業所では、すぐに従業員に帰宅指示が出されました。その直後に津波が襲来し、同事業所はかろうじて浸水を免れたものの、多くの従業員の自宅がその被害を受け、避難所での生活を余儀なくされました。
熊谷社長(当時)より「震災に負けず、一日も早く工場を復旧させ、仕事の場をしっかりつくることが、被災地の支援になる」と送られたメッセージは、震災の被害に打ちひしがれていた従業員の心を奮い立たせ、出社することすら困難ななか、それでも復旧に向けて動き出しました。

事前に導入していた地震対策がうまく機能したこともあり、操業に不可欠な金型や重要な生産設備は損壊を免れました。プレス機など特に大型の生産設備は、地面の基礎部分に固定しており、ほとんど被害がなく、同じフロアにあった完成品や仕掛かり品が倒れただけで済みました。
このように主要な設備の地震対策が万全だったのは、シチズン東北が「30年以内に宮城県沖を震源とする巨大地震が起きる」という前提に立っていたからです。相馬事業所では、1978年に発生した宮城県沖地震で、棚から多くの物が落下するなど大きな被害が発生しました。そのため、金型や生産設備などを中心に落下・転倒対策を入念に行っていました。その結果、震災から2週間足らずで生産を再開することができました。
今後の課題として真っ先に挙がったのは、従業員やその家族の安否確認です。確実な安否確認を行うために、既にグループ35社へ導入している安否確認システムを日頃の訓練に取り入れるようにしました。
今後はこの震災で浮かびあがった課題を整理した上で、あらゆる災害や異常事態を想定した事業継続計画(BCP)を推進していきます。今回の経験を活かし、避難手順や部材調達など、さまざまな面において机上の空論ではないBCPを具現化していきます。
シチズングループは、この地震による被災者の救済および被災地の復興に役立てていただくため、義援金1億円を日本赤十字社を通じて、また、CITIZEN WATCH CO. OF AMERICAから米国RED CROSSを通して5万ドルを寄付するとともに、さまざまな活動を通して、被災された方々の力になれるよう取り組んでまいりました。

シチズン東北相馬事業所がある新地町にて、グループ卓球交流会を開催しました。東日本大震災の被災地復興を願って、「がんばろう相馬!」をスローガンに、日本リーグ1部所属の卓球部選手5名が被災地を訪れました。
会場には福島県宮城県の小・中学生が集まり、選手とのサーブ・スマッシュの打ち合いや、卓球指導、スピード感あふれる選手同士の模範試合の観戦などをしていただきました。
スポーツを通して被災地に元気を届けられたのではないかと思います。

シチズングループでは被災地の子供たちにアートプログラムを届ける活動をしているARTS for HOPEと、岩手県沿岸部で壊滅的な被害を受けた図書館の代わりとなり仮設住宅を中心に巡回して本の貸し出しをしている「いわてを走る移動図書館プロジェクト」(公益社団法人シャンティ国際ボランティア会)への支援を行っています。
グループ従業員への呼びかけにより、絵の具、クレヨン、スケッチブックなどの画材をダンボール箱30個分と、新品同様の書籍2077冊を集め、それぞれの団体へ寄贈しました。

震災により職を失った方々への支援として、シチズン平和時計では2011年6月より延べ7名の避難者を受け入れ、「仕事があるという心の安定」を提供しました。
福島県南相馬市の桜井市長より「素晴らしいご支援に感謝している」という旨のお礼の言葉もいただき、シチズン平和時計の川口社長(当時)からも継続した就労支援を約束しました。同様に、シチズン時計ミヨタにおいても被災地からの雇用受入れを行っています。