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シチズンの新しい世界を拓く

予期せぬ事態。迫る納期。そして9000シリーズはついに完成する。
−−−− 基本設計が終わり、手作りの試作品も完成し、数々のテストが続けられた。そして量産準備も整い、量産試作を行ったところ、重大なトラブルが発生。青ざめる担当技術者。全員で原因究明に当たる。そして…
保坂

2008年8月、最初の試作品が完成しました。図面からそのまま起こした手作りのプロトタイプ第一号です。開発チームのほぼ全員が息をのんで完成直後のテストを見守りました。組み上げて、ゼンマイを巻いて、さあ動くかどうかという、その瞬間。てんぷが勢いよく振り始めました。

古内

その場にいた全員の声が上がりました。一番喜んだように見えたのはプロジェクトリーダーの吉川、そして同じく当初から機械式時計の再活を求めてきた、課長職のエンジニア、鈴木です。さっそく、技術者出身であった社長に報告をしに行ったそうです。

土屋

それからこのプロトタイプで、耐久試験や精度試験などを重ねていきましたが、試作では付きもののマイナートラブルが多少あったくらいで、どれも想定内のものでした。つまり怖いくらいに順調だったのです。

川瀬

ところが、次に発売時期を延ばさざるを得ない、大きなトラブルが…。今だから笑って言えますが、発売を待たせている顧客にどう釈明しようか、営業部門はホントに焦っていました。

発売予定をこれ以上先延ばしにする訳にはいきません。すぐさま設計・開発と生産技術のメンバーが集結し対策プロジェクトが組まれました。この製品を必ず成功させたいという想いで集中して取り組んだためか、障害の原因を早期に突き止めました。セオリーに従って設計していたのだが、そのセオリーには不足しているいくつかの重要なポイントを見落としていた。それが元で、機構全体のバランスが崩れて、動作しなかったのです。原因特定には時間がかかりましたが、原因が分かった後の軌道修正はすぐでした。この他にも壁は幾つかありましたが、いずれも総力で乗り切ったという感じです。

土屋

そして2010年春、ようやく出荷できる状態まで到達することができました。

高いマーケット評価。得た自信。夢はさらに広がっていく…
−−−− 2010年5月、シチズンブランド用には高級シリーズの『ザ・シチズン』に、並行して開発をしていたCal.0910ムーブメントが搭載され、発売された。そしてシチズンの外販ムーブメントブランドの『MIYOTA』としても、顧客の時計メーカーへの営業が開始されたのだ。
川瀬

マーケットを、じらして、じらして、発売したためでしょうか、予約だけで売り切れという状況です。私の部門はムーブメントの外販が専門ですので、ケースやバンドをセットしたサンプル品を持ってプレゼンテーションしていますが、どこでも好評価ですよ。新たに採用を決めていただいたメーカーはたくさんあります。今まで以上に自信を持って営業できる、凄いムーブメントだと感じています。ビジネスが、格段に面白くなりました。

土屋

高精度化を担当した者として、設計・開発はもちろん製造の現場と深く関わったことで、満足のいく品質の製品が出来上がったと思います。ご購入いただいたユーザーのブログなどでは、特にこちらが注力したポイントや、譲れなかったこだわりの部分が高い評価を受けているようで、時計ファンたちに私たちの企図や想いが伝わったことは、時計製作者として感動しました。

保坂

私はプロジェクトメンバー全員が同じ目標に向かい、課題や問題を共有し、一緒に解決していこうとするチームワークが、これほど心強いものなのかと感じました。これからも、シチズンから、高い目標や壁を乗り越えた技術や製品が、もっともっと生まれていくと確信しています。

古内

9000番台のムーブメントで、精度の高い機械式時計を世の中に出し、多くの人の腕に巻かれるようになったことは、時計屋としての誇りです。それと、先輩たちが培った時計技術を、自分たちが継承できたこと。シチズンらしさを、後々まで伝えられることが、何よりも嬉しいですね。

エピローグ

−−−− 9000番台のムーブメントは、世に出たばかり。業界や時計ファンを感嘆させた高い精度や美しい仕上げだが、まだまだ発展途上だと座談会に集まった彼らは言う。シチズンは、時計技術を大きくリードする製品をまた一つ手にしたのであるが、今回のプロジェクトでシチズンが得た最も大きな財産は、社員たちの壁を乗り越える自信であり、先輩たちが残した技術資産を継承できたことではないだろうか。

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