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プロジェクト発足

シチズンらしい機械式時計とは何か?手探りの開発、スタート。
−−−− 最初に手を上げたエンジニアとは、ME技術課の吉川課長(当時)である。プロジェクトリーダーに任命された彼は、新たな機械式ムーブメントの開発に必要と思われる社員たちに声をかけた。設計を担った保坂もそのうちの一人だ。
保坂
保坂
 このプロジェクトの発足式は、スケールの大きなものでした。プロジェクトメンバーとなる約40名はもちろん、社長や役員、その他関係者を含めて100人も集り、一つの目標のもとに一致団結したのです。会社側もかなり期待をかけているのが、私にも伝わってきました。私は以前から機械式時計の設計をしたいと思っていましたから、吉川に「一緒にやらないか」と声をかけられた時に感じたのは嬉しさだけでしたが、この時ばかりは責任の大きさを痛感しました。「これは、何としてでもプロジェクトを成功させなければならないぞ」と。
 設計を進めるに当たって、最初にしたことは、どのような機械式ムーブメントを目指すべきなのかという、コンセプトメイクです。そのために、まずは様々なメーカーのムーブメントを調達し、分解して各社の設計思想を汲み取る作業を行いました。最高級ランクとされる某ブランドのムーブメントもバラしてみました。人気ブランドのムーブメントも、世界で最も供給されている量産ムーブメントも、徹底して部品レベルから検証したのです。そこで分かったのは、各社それぞれ独自の設計思想を持っているということでした。機械式時計の基本構造は、数百年も前からほとんど変わっていません。各社で大きな違いがあるとすれば、構造や仕上げで何に重点を置き、どこにどれだけコストや工数をかけ、幾つかある手法のうちどれを選択し、どのようにオリジナリティを発揮させていくかという、設計思想の違いなのです。
 自社の8200番台も、まな板の上に乗せました。分解だけではもの足りず、倉庫に埋もれていた30年以上も前の図面や資料を探し出し、当時の設計思想を確認。設計ノウハウを読み取ることにも努めました。それでも知りたいことが満たされなかったので、OBの方に当時の様子や設計上で工夫した点などを教えてもらいました。こうした地道な作業を繰り返し、徐々にシチズンらしい高級機械式ムーブメントのイメージが固まって行きました。それはクオーツ時計の場合と同じ、高い精度で耐久性も高く、なおかつクオーツ時計で培ってきた量産技術による高いコストパフォーマンスを持った、実用性能に優れたムーブメントです。さらに、シースルーバックにした際の仕上げの美しさも追求し、現在の主流の大径フェイスにも対応できる性能も持たせることになりました。特にこだわったのは、パラショックという、ムーブメントの心臓部を衝撃から守るシチズン独自の機構の採用です。1956年に商品化されていた、世界に誇れる技術でした。先輩たちは、私たちに大きな財産を残してくれていたのです。
 そして設計段階に入り、2008年春に9000番台となる新ムーブメントの最初の図面が出来上がりました。集中して取り組んだのを、今でも覚えています。迫る納期に追われて苦しかったけれど、仲間たちと朝から晩まで新ムーブメントについてワイワイガヤガヤと、面白かったですね。

−−−− ライバルを研究し、自分たちの技術との距離を知る。そうすることで土屋たちは新しい時代の品質基準を策定していった。
土屋
土屋
 プロジェクトの開発当初、私は新しいムーブメントをどの程度高級なものに仕上げるか、その到達目標を設定する業務を担当していました。時を刻む精度の高さにしても、装飾面にしても、私たちはどこまでレベルを上げれば良いのか明確化しようとしたのです。そのため、まずは仮想目標としてピックアップしたスイス製ムーブメントを調達してきて、その品質調査を行いました。対衝撃性や温度変化による精度のバラツキなどの試験を何度も行っています。次いで、そこで得たデータと当社の8200番台との比較です。その結果、ウチの製品は値段の割にはよくできていることが判明しました。そして、それをベースに、OBや有識者を集めて意見交換を行い、新たな品質基準書を設定したのです。言わば、新ムーブメントが目標とする合格点です。そうした作業と同時に、他にもひげゼンマイの材料や、それを熱処理する装置の検討なども同時に進めていました。とにかく保坂たち設計担当を支援すべく、限られた時間内でできるだけたくさんのトライをしようと、当時は考えていました。
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